「責任者になりたいですか?」もし、そう聞かれたら、私は少し迷います。
社員食堂で15年以上チーフとして働き、現場を任される立場を経験してきました。スタッフの配置、献立の調整、作業工程の改善、取引先とのやり取り。責任者として必要な仕事は数多く経験しました。
でも、「責任者」という肩書きそのものには、あまり興味がありませんでした。理由の一つは、現場と取引先の間に立つ難しさです。現場では、人員や時間、作業工程を考えて「どうすれば安全に提供できるか」を考えています。
しかし、取引先から求められることは、時には「できるか、できないか」の二択になることもありました。
それでも、不思議なことがあります。責任者業務のすべてが嫌だったわけではありません。むしろ、好きだった仕事もありました。
- 毎日食堂に来る人の顔を覚えること。
- いつものご飯の量を覚えること。
- 「今日はいつもと違うな」と変化に気づくこと。
気がつけば、〇〇部の〇〇さんは普段は定食、毎週木曜日はパスタ -そんなことまで自然に覚えていました。
私は料理を作る人だと思っていました。
でも15年間社員食堂で働いてきて、最後に気づいたことがあります。
私が本当に作っていたのは、料理だけではなく「食堂」だったのかもしれません。
この記事では、責任者には興味がなかった私が、なぜ責任者の仕事を好きだったのか。そして、社員食堂という場所で何を大切にしてきたのかを振り返ります。
私が責任者になりたくなかった理由

現場を知らない都合で押される調整役だった
社員食堂の責任者という仕事は、料理を作るだけではありません。スタッフの配置を考え、仕込みの進み具合を確認し、提供時間に間に合うよう段取りを組み立てる。そして、取引先とのやり取りも責任者の大切な仕事でした。
私が責任者という肩書きにあまり魅力を感じなかった理由は、この「調整役」の難しさにあります。
現場には、現場でしか分からない事情があります。
人員が足りない日もあれば、提供時間が迫っている日もある。厨房の広さや設備にも限界があります。
だから、「できます」「できません」ではなく、「この段取りだから、この順番で進めさせてください」
という説明をすることがよくありました。もちろん、相手も仕事ですから要望があります。
ただ、その背景まで伝わらず、「できない」と受け取られてしまうことも少なくありませんでした。
責任者である私のところに話が来た時は、「はい」以外の答えはほとんどありません。
上司に相談して返事を待つ時間はありませんでした。
- 現場は止まりません。
- 提供時間も待ってくれません。
- だから、その場で考え、その場で判断する。
現場の状況を見ながら、お客様への影響も考え、最善だと思う答えを出していました。今振り返ると、私が苦手だったのは責任者という肩書きではありません。
現場を守るために、一人で判断を背負う立場だったのだと思います。
でも、責任者の仕事の中には好きなこともあった

私が見ていたのは数字より、食堂に来る人だった
社員食堂の責任者として働いていると、料理を作ること以外にも多くの仕事があります。
- スタッフの配置
- 作業工程の調整
- 食材の管理
- 献立の確認
そして、取引先とのやり取りも大切な仕事の一つでした。ただ、私が責任者という立場に少し距離を感じていた理由は、取引先との調整業務でした。もちろん、取引先からの要望に応えることは大切です。
しかし、厨房には厨房の事情があります。
- 提供時間
- 人員
- 仕込みの量
- 設備の状況
安全に料理を提供するためには、「ただやればいい」というものではありません。「この段取りだから、この順番でお願いします」現場では、その理由があります。
ところが、その背景を説明しても、時には「できない」という言葉だけが切り取られてしまうことがありました。
本当は「できません」と言いたいわけではありません。どうすれば実現できるのかを考えている。
でも、現場を守るためには、できることと難しいことを判断しなければならない場面もあります。そして責任者である自分のところに話が来た時、答えを求められることが多くありました。
私のところに来る時は、「はい」以外の答えはほぼありませんでした。なぜなら、その場で判断しなければ現場が止まるからです。
上司に相談して返事を待つ時間があるなら、その間にも提供時間は近づいてきます。
だから、自分で考える。
現場の状況を見て、お客様への影響を考えて、最終的に判断する。
振り返ると、私は責任者という肩書きが嫌だったのではなく、現場を知らないまま判断を求められる立場に難しさを感じていたのだと思います。
私が作っていたのは料理ではなく、食堂だった

料理を出すだけではなく、選ぶ時間も見ていた
社員食堂の仕事というと、多くの人は「料理を作って提供する仕事」と考えるかもしれません。もちろん、料理を安全に、おいしく提供することは大切です。
でも、15年間社員食堂で働いてきて感じたのは、食堂の仕事は料理を出した瞬間で終わりではないということでした。
私が何気なく見ていたのは、料理を選んでいる時間でした。
おぼんを持って、定食にするか、小鉢を追加するか、今日は何を組み合わせようかと迷っている人がいます。
その姿を見ると、つい声をかけてしまうこともありました。
「何悩んでんの(笑)」すると、「もう、いつも迷わせないで」と笑いながら返される。今振り返ると、あの何気ない会話も、社員食堂の大切な一部分だったのだと思います。
料理を提供する側と、食べる側。
ただそれだけの関係ではなく、毎日顔を合わせるからこそ生まれる距離感があります。どの料理を選ぶか迷う時間まで含めて、食堂という場所ができていたのだと思います。
食堂の空気は、人との関係で作られる
社員食堂で働いていると、自然と覚えていくことがあります。
- 名前
- 顔
- いつもの注文
- 食べる量
最初から覚えようと思っていたわけではありません。毎日来てくれる人を見ているうちに、いつの間にか頭に入っていました。
「〇〇部の〇〇さんは、普段は定食。でも木曜日はパスタ」そんな小さな情報が、自然と積み重なっていきました。
また、食堂にいると変化にも気づきます。
- 新しい人が来た時
- 制服が変わった時
- 髪型が変わった時
「よく見てるね、チーフは」そう言われることもありました。でも、自分では特別なことをしている感覚はありませんでした。
- 毎日来てくれる人を見る
- その人がいつも通り過ごせるようにする
- 時には短い会話を交わす
そうした積み重ねで、食堂の空気は作られていくのだと思います。私は料理を作っていたつもりでした。
でも本当に作っていたのは、人が毎日集まる「食堂」だったのかもしれません。
最終日に気づいた、自分が残していたもの

社長や常務からもらった「ありがとう」
責任者として、15年間、社員食堂で働いてきました。責任者として毎日考えていたのは、今日の食事を無事に提供することです。
献立、仕込み、スタッフの配置、提供時間。
目の前の仕事に追われる毎日で、「自分が何を残してきたのか」を考えることはありませんでした。それに気づいたのは、最終出勤日でした。
人事部長から、
「社長が、長いこと勤務してくれてありがとうと言っていましたよ」と伝えられました。
その後、食事に来られた常務からも、「長い間、本当にありがとう」と声を掛けていただきました。
責任者として働いてきたことが認められたような気がして、とても嬉しかったのを覚えています。
毎日当たり前に続けてきた仕事を、ちゃんと見てくれていた人がいた。
その一言で、15年間の積み重ねを認めてもらえたような気持ちになりました。
最後に来てくれたのは、毎日食べに来てくれた人たちだった
でも、私が一番心に残っているのは、その日の午後の出来事です。食堂を利用してくださっていた方々が、次々と挨拶に来てくださいました。
- 「お世話になりました。」
- 「ありがとうございました。」
普段は何気なく交わしていた会話でしたが、その日は一つひとつの言葉が特別に感じられました。
さらに、午後3時の休憩時間になると、女性社員の皆さんがわざわざ食堂までお別れを言いに来てくれました。
その姿を見た時、私は初めて気づきました。毎日料理を作っていただけだと思っていました。でも実際には、人との関係を少しずつ積み重ねていたのだと。
名前を覚え、ご飯の量を覚え、何気ない会話を交わし、いつもの笑顔で迎える。
その積み重ねが、「また来たい」と思ってもらえる食堂を作っていたのかもしれません。あの日、最後に食堂へ来てくださった皆さんの姿は、私にとって15年間で一番の「ありがとう」でした。
責任者になりたくなかった私が、最後に分かったこと

私は料理人ではなく、食堂を作る人だった
15年間、社員食堂で働いてきて思うことがあります。私は最後まで、「責任者になりたい」と思ったことはありませんでした。
肩書きを手に入れたいわけでも、人を管理したいわけでもありません。取引先との調整に悩み、現場で判断を求められ、責任の重さを感じることも何度もありました。
それでも15年間続けることができたのは、好きな仕事があったからです。
- 毎日食堂に来てくださる人の顔を覚えること
- いつものご飯の量を覚えること
- 料理を選びながら迷っている姿を見ること
- 何気ない会話を交わし、「今日も来たよ」と思ってもらえる関係を積み重ねること
そんな日常が、私は好きでした。
振り返ると、私が作っていたのは料理だけではありません。
「またこの食堂に来たい」そう思ってもらえる場所を、毎日少しずつ作っていたのだと思います。料理は、そのための手段の一つでした。
だから今でも、社員食堂を思い出す時に浮かぶのは料理ではありません。利用者の笑顔や、「ありがとう」という言葉、毎日の何気ない会話です。
私は料理人だと思っていました。でも15年という時間を振り返って、ようやく気づきました。本当に作っていたのは、一皿の料理ではなく、人が安心して集まり、また来たくなる「食堂」だったのです。
そして、その経験は今、こうして記事を書き、社員食堂の仕事を伝えていく原点になっています。
料理のレシピだけでは伝えられないことがあります。
段取り、人との関わり方、現場の考え方。
これからも、15年間社員食堂で学んだことを、一つひとつ言葉にして残していきたいと思います。
まとめ
責任者15年間、社員食堂で責任者として働いてきました。振り返ると、責任者という肩書きに憧れたことはありません。
取引先との調整や、その場で判断を求められる責任の重さに悩むこともありました。それでも仕事を続けられたのは、人が毎日集まる食堂を作ることが好きだったからです。
利用者の名前を覚え、いつものご飯の量を覚え、小さな変化に気づき、何気ない会話を交わす。そんな積み重ねが、「また来たい」と思ってもらえる食堂につながっていたのだと思います。
私は料理人として働いてきたつもりでした。でも今なら、自信を持って言えます。
本当に作っていたのは料理ではなく、人が安心して集まれる「食堂」でした。
これからも、この15年間で学んだ経験を、レシピだけでなく、段取りや考え方、人との関わり方も含めて記事に残していきます。
もしこの記事が、社員食堂で働く方や、現場を支える立場の方にとって、少しでも仕事を振り返るきっかけになれば嬉しく思います。
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